『板尾創路の脱獄王』 80点

板尾創路の脱獄王

2009年/日本

ネタバレ

最後のオチの正確な解釈

総合★★★★☆ 80

ストーリー ☆☆☆☆☆0点

キャスト ☆☆☆☆☆0点

演出 ☆☆☆☆☆0点

ビジュアル ☆☆☆☆☆0点

音楽 ☆☆☆☆☆0点

 映画監督としての松本人志があえて顰蹙を買ってでもギャグを犠牲にして映像の可能性に拘っているのとは対照的に、映画監督としての板尾創路はあくまでもギャグに拘っているように見えた。
 全体的に演出が雑な印象を受けてしまうことは否めないが、それを補うだけの、決してヒューマニズムに落とさなかった最後のオチが効いている。この作品を観たほとんどの人たちが誤解しているようなので、ここではっきりさせておきたい。
 最後のオチは主人公の鈴木雅之が迎えに行った父親を取り違えると解釈されているようであるが、あれだけの苦しい思いをしたにもかかわらず、鈴木が父親を間違えることはありえない。父親の胸には富士の刺青が彫られており、鈴木は絶対に確認したはずだからであり、実際に残された男の胸には富士の刺青があり、鈴木に連れて行かれた男の胸には富士の刺青がないカットが挿入されている。もちろんこれは演出ミスではない。予告編で鈴木が女性の服を脱がすシーンがあったが、本編ではカットされているように、この作品には女性がほとんど出てこない。つまりこの作品の最後のオチは主人公の鈴木雅之が自分の実の父親を平気で置き去りにするような‘ハード’な同性愛者であったということなのである。